
9月5日、地元の本村神明社(横浜市旭区)の例大祭に顔を出してきました。
私にとってここは、少し特別な神社です。20代の頃、私はこのお祭りを運営する側にいました。本部に詰めて、奉納いただいた方のお名前を書いた紙を、会場の板に貼り出していく係です。今は仕切る立場を離れましたが、今年も奉納金を納めて、一人の氏子としてお参りしてきました。

夕方に足を運んで、正直、驚きました。
参道から本殿まで、人で埋め尽くされている。神楽殿の前も、普段は誰もいない場所なのに、腰を下ろす場所を探すのが難しいほどでした。
もちろん、昔からそれなりに人の集まるお祭りではあります。でも、私が運営に入っていた20代の頃と比べると、明らかに規模が違う。帰り道、なぜだろうとずっと考えていました。
最初に思い当たったのは、屋台です。
でも、よく見ると顔ぶれはほとんど変わっていませんでした。たしかに進化しているところはあります。ベビーカステラがピカチュウの形になっていて、手が込んできたなと感心しました。ただ、並んでいるお店の「種類」そのものは、私が若い頃とほとんど同じです。
変わったのは、お店ではありませんでした。そのお店を利用している、お客さんのほうです。ひとことで言えば、客層がだいぶ若返っていた。
考えているうちに、ひとつ思い当たりました。
神楽殿の舞台に上がる人が、変わったのです。
昔、神社の演芸といえば、舞台に上がるのは年配の方ばかりでした。それが今は、子どもたちのバレエやダンス、子育て世代の親御さんたちが上がるようになっている。
そうすると、何が起きるか。
子どもが披露する場面をつくると、家族みんなで見に来るんです。お父さんお母さんだけではありません。おじいちゃんおばあちゃんも、その日は必ず来る。出演者ひとりの後ろに、何人もの観客がついてくる。
舞台の上の年齢層が変わったら、舞台の周りに集まる人の層まで、まるごと変わってしまった。私が見るかぎり、これが一番大きかったように思います。
演者が若返ると、客席も若返る。
もうひとつ、土台としてあったのは、社殿の修復です。
ここは何年か前に社殿を直しています。場が整うと、人は足を運びやすくなる。「きれいになったから、久しぶりに行ってみようか」という気持ちは、確かにあると思うんです。
整えられた場があって、そこに新しい演者が上がる。この二つが噛み合ったときに、人は戻ってくるのだろうと思いました。
地域の催しに人が来ない、という相談をよく受けます。私自身も長いこと、どうやって人を「呼ぶ」かばかり考えてきました。チラシを配る、屋台を増やす、告知を打つ。
でも今回、地元の祭りを久しぶりに外から眺めてみて、順番が逆だったのかもしれないと思いました。
人を呼ぶ前に、まず「舞台に上がってもらう人」を変えてみる。誰かひとりに出番をつくれば、その人の家族が来ます。友達が来ます。呼ばなくても、人は集まってくる。
かつて自分が名前を貼り出していた板に、今年は自分の名前が貼られている。仕切る側から、参る側になりました。それでも、地元の祭りがこうして賑わっているのを見るのは、素直に嬉しいものです。